掌編【P.C.】ふたり分の足音〈ハル・ラウ〉

オリジナル小説『PlanetCharmos(プラネット・カーモス)』の掌編小説です。
自宅で迷子になってしまったハルを、ラウが助けに訪れます。

登場人物紹介

冷静沈着。ちょっと天然。【木崎ハル】

 
 
種族:ヒト族
年齢:17歳
身長:173cm
好きなもの:
凪やラウの世話を焼くこと(逆に世話を焼かれることが多い)、ブラックコーヒー

ヒト族。戦闘能力はほぼ皆無。強種族うごめくカーモスにおいては、街中を歩くだけで死にかねない存在。
…そのくせ本人は何食わぬ顔で闊歩するものだから周りの者は気が気でない。
カーモスに来たばかりの頃は「頭は回るが感情が薄い少年」だった。最近は少しずつ変わっている様子。

面白いこと大好き【ラウ】

種族:エルフ族
年齢:1524歳(ヒト族換算:18歳)
身長:176cm
好きなもの:
面白いこと、戦闘、おしゃれ、ハルをからかうこと、凪を可愛がること

フィローラル・エスティーシャ・グリフィス。通称・ラウ。
カーモスにおける最強の一角。桁違いの戦闘力を誇る。
魔法に長けたエルフ族なのに、なぜか本人は格闘を好む。拳で語り合いたいお年頃(1524歳)なのかもしれない。
退屈な故郷の生活に飽きてカーモスにやってきただけあって風来坊しているが、意外に世話好きな一面も?

掌編【P.C.】ふたり分の足音

 通い慣れた魔導住宅層ラヴィンションへやってきた。

「今日はずいぶんと遠いなぁ」

 目当ての部屋の魔導波長を探ると、入り口から随分と遠い位置にあるようだ。

 高度な魔導によって空間を統べるこの住宅層は、刻一刻と部屋の位置が入り組んでいく。
 住民は自室の位置を、それぞれ割り当てられた特有の魔導波長を辿ることでしか識別できない仕組みだ。

 しかし、ラウが探り当てた部屋の主は一切魔力を感知できないヒト族の少年。

 だからよく迷う。迷っては大家さんやご近所さんに案内を頼み、それが叶わないと、気まぐれにラウに助けを求めてくる。

 何が悲しくて自宅で迷子になる知人を救出しなければならないのだろう。自分のことでもないのに情けなくなってきて、小さく吐息した。

 ラウが今歩いている廊下のデザインも、大家さんの気分次第で毎日変わる。

 今日はやたらにレトロな雰囲気だ。金属製なのか木製なのかよくわからない材質のブロックを壁や天井にはめ込んだ通路が延々と続いていた。
 ランタンの淡い光に照らされた空間の雰囲気は悪くない。

 途方に暮れていても始まらないので歩き出す。
 向かう先は探索した部屋とは逆方向。まったく、と呆れる他なかった。

「いい加減、引っ越しさせるべきかなぁ……」

 迷路のような廊下を迷うことなく進む。
 足取りはそのままに、ポケットから蒼色の石を取り出す。指で摘まめる程の大きさで、透き通った蒼色をしていた。
 魔導通信石フォロン。ごつごつとした多面の形状は、一見素材のままに思えるが、実はこれで精緻な加工が施されている。

 ラウが魔力を込めると魔導通信石フォロンが淡い光を湛えた。

「——もうすぐ着くから、そこで大人しくしてなさいよ」

 おもむろに話しかけると、僅かなノイズの向こうに彼の気配を感じる。

『いやぁ、すみませんねラウさん。今日に限って誰も通りかからないんですよ』
「あのね……。魔導住宅層ラヴィンションで迷子になるのなんてあなたくらいのものよ?」
『えー、でも魔力がない種族なら誰でも迷うと思いますよ?』
「そういう種族ヤツが、そもそもこんなところに住もうと思わないって言ってるの!」

 魔導通信石フォロンの向こう側の彼は、思ったとおりのマイペースぶりだ。

 まあ、今回は助けを求めてきただけ、まだましなのかもしれない。この前など、丸二日飲まず食わずで迷子になっていたくらいなのだ。

 そのときに助けたのも偶然に訪れたラウだった。かなりやつれた様子なのに、ラウの顔を見るなり、へにゃりと笑んで見せるものだから、腹立たしいやら保護欲を刺激されるやらで妙に落ち着かない気持ちにさせられたものだ。

 思い出したらまた不安になってきて、足早に進んだ。

「あ、こっちです」

 しばらく進むと床に座り込んでいる彼——木崎ハルが、いた。

 手にはラウと同じ魔導通信石フォロン。まったく同じ多面形でないと、この石は効力を発揮しない。器用なラウが自作してハルに渡した物だった。

「あなたの部屋、まったく逆方向よ」
「やっぱりですか。勘が外れましたね。運がない」
「運がないと帰宅できないような場所に住んでるのは、カーモス広しと言えどハルくらいでしょうね……。まあいいわ……行くよ」

 ラウが踵を返えす。が、ハルは立ち上がろうとしない。

「どうしたの?」
「捻挫しました」
「……はい?」

 ラウは一瞬固まったあとで、へたりこんでいるハルの顔からさらに視線を下ろす。
 そしてハルが右のブーツを脱いでいることに気付いた。確かに右足首が赤紫色に腫れている。けっこう酷い。

 ラウは思わず嘆息する。自宅で迷子になるどころか、こんな怪我を負うなんてどうかしている。

「仕方ないわね……治してあげる。特別よ?」
「遠慮しておきます」
「え? …………何でよっ!?」

 とっさに言葉の意味を測りかね、治療を拒否されたのだと理解して思わず叫んだ。
 ランタンの柔らかな明かりに満ちた空間に、自分の声が反響するのを聞いてラウははっとなる。取り乱してしまった事が妙に気恥ずかしく、何より元凶たるハルがそれを微塵も気にかけていないことがなんだか悔しかった。

「だってラウさん、肉体強化以外の魔法を使わないのがポリシーなんでしょう?」

 ハルの声音はいたって平静だ。

「……基本的には、ね。緊急時はその限りではありません」
「なら今は緊急でもないので、やめておきましょう。俺のために自分を曲げるなんて勿体ないですよ。まあ、これまでラウさんには、何度も治癒魔法で助けてもらってるので偉そうなことは言えませんが」
「……」

 へらっと笑って見せるハル。
 ラウは捻挫などしたことがないから分からないが、きっと痛いに違いない。

 それなのに、この少年は笑って見せる。

(……痛いときは、痛いって言うのが自然なのに)

 それはあえて口にはしなかった。

「さてと。では道案内お願いしますね」

 ブーツを片手に持ち、よっこらせとハルが立ち上がる。
 どうやらそのまま片足で跳ねながら帰るつもりらしかった。

 目の前に自分がいるのに一人で何とかしようとする姿にむかっ腹がたった。

(助けを呼ぶ判断ができたんだから、最後まで頼りなさいよ)

 ハルにしてみれば、必要以上にラウの手を煩わせたくないといったところに違いないが、それが分かってしまうからこそ苛立ち、少しだけ寂しくもあった。

 生まれついた才覚ゆえに心の平穏が乱されることのほとんどなかったラウ。しかしハルといると、いつもはらはらさせられて仕方がなかった。

 だからこれは、ちょっとした意趣返しだ。

「負ぶるわ」
「へ? うわ……!」

 ラウはハルを引き寄せて、そのまま器用に背負った。
 そのまま問答無用で歩き出す。

「軽すぎよ……。ちゃんとご飯食べなさいよ?」
「死なない程度には食べてます」
「どうして生き死にを基準に考えちゃうかな……」
「あ、でも最近は食べないと凪が不安そうな顔するので、食べる量、増えたかもです」
「それは良いことね。そういえば凪ちゃんは?」
「部屋で待ってますよ? 迎えに来てもらおうか迷ったんですけど、凪はこの建物に慣れてないからやめときました。迷子にでもなったら大変だ」
「ハルがそれを言うかな……」

 凪にも同じ魔導通信石フォロンを渡してあるから、ハルの言うとおり凪に助けを求めることもできたはずだ。
 近くにいる凪の次に自分が頼られたというのは、悔しいが悪い気はしない。

「ラウさん、良い匂いしますね」

 背中のハルがいきなり首筋に顔を寄せるものだから、思わずびくっとなってしまった。

「……ハル、それセクハラだから」
「そうですか。じゃあラウさんにしかしません」

 捉えようによっては色んな意味に取れる発言も、ハルが口にした以上、他意はないのだろう。

 今日何度目か分からない溜息を吐きながら、ラウは諦めたように歩みを進める。
 二人きりの廊下には、一人分の足音が心地良く響いていた。

〈おわり〉

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