司馬遼太郎『尻啖え孫市』のあらすじ&感想【戦国一の鉄砲使い!】

紀州雑賀(サイカ)という聞き慣れない土地に住む地侍集団。
日本一と謡われた鉄砲の数と腕を武器に、各地の大名に金で雇われた「戦国一の傭兵集団」、その親玉が本作の主人公・雑賀さいか孫市まごいちです。

織田信長、豊臣秀吉という天下人に真正面から抗った傭兵集団の頭目とは如何なる人物なのか、歴史好きならずとも興味を持つ事必須です。

まして、その枕詞が「尻啖しりくらえ」とは。

作者の司馬遼太郎曰く、日本には古来より「我が尻啖え!」という類の悪口があったそうです。元祖「お前の母ちゃんでべそ」といった感じなのでしょうか。

天下人に真っ向から抗い、「我が尻啖え!」とあけっぴろげな悪口を叫ぶ傭兵集団の頭目。何とも面白い一生を送りそうな人物ではありませんか。

戦国の世に咲いた快男児・雑賀孫市の生涯を物語る『尻啖え孫市』のあらすじと感想をお届けします。

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司馬遼太郎『尻啖え孫市』のあらすじ

尻啖え孫市(上) 新装版 (角川文庫)

司馬遼太郎『尻啖え孫市』のあらすじ①:八咫烏を背負った男

織田信長による平定後、発展の一途を辿る岐阜の城下町。この町に一人の巨漢が突如姿を現します。

従者に何の日本一か判らないが「日本一」と大書した旗を持たせ、とにかく傍若無人に振る舞い、あっという間に岐阜中に噂が広まります。噂はすぐに岐阜城主・織田信長の耳にも入ります。

上は真っ赤な袖無し羽織、下は真っ白になめした革袴と言いますから、身の上下で紅白をあしらうという何とも派手ないでたちです。袖無し羽織の背中には足が三本ついた烏の紋。
城下の物知りによれば、これは熊野烏と呼ばれ、伝説の八咫烏を表しているとの事でした。

「なに? 熊野烏の紋所の男?」

さすがに祖国の情勢に詳しい信長です。
部下からの報告を目を閉じて聞いていた信長ですが、この巨漢の報告を聞いた瞬間、目をらんと輝かせました。

「その男、名は雑賀と申さなんだか。雑賀孫市」

報告者はその名を知らなかった模様ですが、話しを続けます。聞けばその巨漢、傍若無人な振る舞いの果てに信長配下の足軽大将と足軽数人と揉め事を起こし、挙句さんざんに打ち負かしてしまったとの事。
城下を統べる信長としては看過出来ません。

信長はすぐに町奉行を務める和田伊賀守を呼び出しますが、その指示は想像を裏切るものでした。

「あの赤羽織、そっとしておけ。かまえて、手を出すな」

信長は続けます。

「猿を呼べ」

「猿」とは木下藤吉郎、のちの豊臣秀吉のこと。
信長配下でも随一と言われる知恵者です。

その「猿」でなければ務まらぬような用が、赤羽織の巨漢にはあるようです。
信長は何を考えているのでしょうか。

司馬遼太郎『尻啖え孫市』のあらすじ②:頓狂な目的

この時期、信長はその領国周辺を反織田同盟ともいうべき諸侯の連合に囲まれており、非常に難しい時期でした。
信長にしても反織田同盟の諸侯にしても、日本一の鉄砲集団と言われる雑賀党は是非とも味方にしておきたい存在です。

「ぜひ、味方に」

両陣営とも雑賀に密使を遣わし、誘い込んでいる最中の孫市の岐阜参上でした。孫市の岐阜来訪の目的は信長陣営の検分と己の売り込みにあると見た信長は猿こと秀吉をその交渉役に任命します。孫市と交渉し、味方に引き入れろという訳です。

(これは難しい)

秀吉は頭を抱えます。

紀州者は元来偏屈、気骨が多く、孫市はその最たるものだと聞いていた秀吉、交渉次第によっては孫市がへそを曲げて反織田同盟に走るかも知れないとこの交渉役の難しさを悟ります。悟った秀吉も見事なら、その難しさを知り抜いて秀吉以外の人間に交渉役を任せなかった信長もまた見事、といったところでしょうか。

困り果てていた秀吉ですが、思わぬところから助けが入ります。秀吉の妻、寧々です。
秀吉から話しを聞いた寧々は「それなら自分が変装し、秀吉の妻であることを隠して孫市に近づいてみよう」と言い出します。
この案にのった秀吉、早速寧々に孫市と接触することを頼みます。

首尾よく孫市と接触した寧々ですが、ここで孫市から思わぬ岐阜来訪の目的を聞きます。

孫市は先年、京の清水寺で「織田殿の御妹気味で加乃と申される姫御両人」の素足だけを見かけたと話し出します。

「その方を雑賀家の嫁に欲しさに参られたのでありますな」

寧々の問いに「そうよ」と答える孫市。
いやはや、戦国の世にたった一人の女性を「嫁に欲しい」からとわざわざ岐阜まで訪ねてきた雑賀孫市。
型破りといえば型破り、素っ頓狂といえば素っ頓狂な男です。

果たして孫市の嫁取り、そして信長は無事に雑賀党を味方につける事が出来るのでしょうか。

戦国一の鉄砲集団の頭目・雑賀孫市の波乱そのものといった一生が始まります。

司馬遼太郎『尻啖え孫市』はここがおすすめ!

「紀州者は偏屈、気骨」

これは本編の中で秀吉が言った言葉ですが、これが恐らくこの時代の紀州者に対する一般的な評価だったのでしょう。独立心が旺盛で傍若無人、自らの力を信奉し、容易に他人に屈しない。それが紀州雑賀党の面々の気質だったのではないか、と。

一方で、紀州の人はあけっぴろげな好色さがユーモアにもなっていると言われます。豪快でやや好色、フランスでいうところのゴーロワ気質というものに近い、といったところでしょうか。

本作の主人公・雑賀孫市は「当時の雑賀者の性格を一人に集約すれば、恐らくこうだったろうという事で創った人物像」と司馬遼太郎自ら語っていますが、もしかしたらこれは紀州者の特徴というだけでなく、この時代の地侍達の一般的な性格だったのではないでしょうか。

傲岸不遜でいながらあけっぴろげで、底抜けに陽気な大気者。これが江戸三百年ですっかり儒教気質に塗り替えられる前の日本人古来のDNAだったのではないでしょうか。

本作『尻啖え孫市』は、この「日本人本来のDNA」を余すところなく伝えている、と言っても過言ではないかと思います。

この時代の魅力はそのまま、この時代に生きる人々の魅力であると言っても差し支えないと思います。『尻啖え孫市』にはその魅力がたっぷり詰まっています。

おわりに:司馬遼太郎『尻啖え孫市』の感想

天衣無縫を絵に描いたようなキャラクターの雑賀孫市。
『尻啖え孫市』に登場する孫市はスーパーマンそのものです。実際の孫市は資料に乏しく、この物語の大半は司馬遼太郎の想像の産物です。

たった一人の女性のために、というところはフィクションかも知れませんが、紀州雑賀党が全軍を上げて天下人・信長に抗したというのは歴史的事実です。そして、信長の大軍を退けたという事も。

鉄砲の名人として名を馳せた雑賀孫市と雑賀党。その面々がどのように生き、どのように抗い、どのように戦ったか。地侍と呼ばれる人々が何を考え、何のために己の命を燃やしたのか。

それらの一端を垣間見ることが出来る『尻啖え孫市』、文句なしの名作です。

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