今から20年以上も前、若手芸人コンビが香港からイギリスまでヒッチハイクで旅をするというテレビでの企画が大ヒットした事がありました。
その若手芸人コンビの片割れが今大人気の有吉弘行さんです。当時のコンビ名は猿岩石。
猿岩石のヒッチハイク旅はテレビの企画によるものでしたが、「インドのデリーからロンドンまでバスを乗り継いで行く」という酔狂極まりない事を本当に実施したのが、この本の作者沢木耕太郎氏です。
1970年代前半にデリーからロンドンまでという果てしない旅路を歩いた「私」こと沢木耕太郎氏による稀代のノンフィクションであるこの『深夜特急』は「旅のバイブル」とまで呼ばれました。
あらすじの無い旅路を描いた「私」のノンフィクション、そのあらすじと感想をお届けします。
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この記事の本文は読書家ライター・楽観さんに書いて頂きました!
沢木耕太郎『深夜特急』のあらすじ
沢木耕太郎『深夜特急』のあらすじ①:酔狂?無頓着?無計画?
「インドのデリーからイギリスのロンドンまで乗り合いバスで行く」
26歳の「私」はある日そう思いついて、旅に出ることを決意します。
急に思い立ったせいなのか、はたまた元々無計画なタチなのか。
「私」は何ヶ月も旅をするとは思えない程の装備で旅に出ます。
Tシャツとパンツが3枚ずつ。半袖と長袖のシャツが1枚ずつ。近所の医者に貰った抗生物質と正露丸1瓶。
ガイドブックの類は一切なく、西南アジアとヨーロッパの地図が2枚あるだけ。
長旅の友となるべき本も3冊のみ。
西南アジアに関する歴史書と、星座に関する解説書。それに、中国人詩人・李賀の詩集。
まるで数日間の国内旅行に出掛けるような装備です。
インターネットが発達した現代ならいざ知らず、1970年代前半の当時では正に「無謀」とさえ言える程ですが、この軽装備に机の引き出しの1円玉まで掻き集めた1900ドルの軍資金を携え、「私」は出発します。
出発の半月ほど前、「私」は旅行代理店を訪ねます。
とにかく安いチケットでまずはインドのデリーまで飛ぼう。話しはそれからだ。
ところが、チケットは2箇所までストップオーバーが出来るとの事。
ストップオーバーとは「途中降機」といい、目的地の途中の乗り継ぎ地で24時間以上滞在出来る事を言います。
「デリーに直行は勿体無い」と考えた「私」は「東京-デリー」のチケットを「東京-香港-バンコク-デリー」に作り変え、旅を始めるのでした。
沢木耕太郎『深夜特急』のあらすじ②:遥かなる旅路へ
「私」を乗せたオンボロのインド航空機は途中で落ちる事もなく、無事最初の寄港地香港に到着します。
「あなた、日本の方?」
税関の列に並ぶ「私」に一人の日本人女性が話しかけてきます。
聞けば、香港の友人が空港まで向かえに来てくれる事になっているが、うまく落ち合えるか心配、もし会えなかった場合友人が取ってくれたというホテルまで一緒に行ってくれないか?との事。
携帯で簡単に連絡が取れる現在では想像もつかない事ですが、昔の「待ち合わせ」は時間と場所をしっかりと事前に確認し合わないと落ち合えないというハードルの高いものだったのですね。
幸い、日本人女性の「香港の友人」は無事現れます。
その日泊まるホテルすら決めていない「私」に、香港の友人は親切にもホテルを探して送ってくれると言ってくれます。
「安ければ、どこでもいい?」
そう訪ねる香港の友人に、「安ければ、どこでもいい」と鸚鵡返しで答える「私」。
やがて香港の友人は街中を走り、一つのゲストハウスの前に止まります。
「部屋を見せてくれないか?」
そう頼む私に、ゲストハウスの女主人は快く了承してくれ、部屋を見せてくれます。
部屋にある赤いカーテンを勢い良く引き開けると、目の前には高層マンションがそびえ、各階の窓からは香港の普通の人々の何気ない日常がうかがえます。
(面白そうだな)
そう思った「私」はこの「黄金宮殿」という、名前と実態が似ても似つかぬゲストハウスに滞在する事を決めます。
「香港なぞ所詮デリーへの通過点。2〜3日もあればいい」
そう思ってた「私」ですが、この「黄金宮殿」のおかげでいきなり旅の魔力に取り付かれてしまいます。
始まったばかりの「私」の旅、果たして無事ロンドンまで、いやそもそも出発点であるはずのデリーまで辿り着けるのでしょうか…?
沢木耕太郎『深夜特急』:「旅のバイブル」の呼称は伊達じゃない!
今から遡る事約50年にもなりますから、「深夜特急」の旅をそのままなぞらえる事は当然出来ません。
政治体制が変わってむしろ観光しやすくなった国もありますが、逆に紛争地域になってしまって入れない地域もあります。
この本に出てくるホテルで、既に廃業しているところもあるでしょう。
物価も相当違ってるでしょうし、この本の主題の一つであるバスの路線も大幅に変わってるかも知れません。
ですが、この本が依然として「旅のバイブル」で有り続ける、そこにはそれだけの理由があるのです。
「私」こと沢木耕太郎氏は、旅の中で有名な観光地にはあまり足を運びません。
旅の一番の面白さとは、「その国で生活している人々との触れ合い」にあるからだ、と私は思います。
小説『深夜特急』は旅先で出会う人々との一期一会の出会いの面白さを再確認させてくれます。
そこに、人々は「旅のバイブル」の真骨頂を見つけるのでしょう。
おわりに。沢木耕太郎『深夜特急』の感想
この本を読んで以来、ずっと心のなかに「同じような旅をしてみたい」という思いがありました。
残念ながらその夢は未だ叶えられておりませんが、海外出張時にこの本に出てくる場所をいくつか訪れることが出来、心が震えるような思いが出来ました。
香港のチョンキンマンション、スターフェリー。シンガポールのラッフルズホテル。イランのエスファハン。
『深夜特急』とは、かつてトルコで収監された外国人が“脱走”することを「ミッドナイトエキスプレス(=深夜特急)に乗る」と言ったことに由来するそうです。
沢木耕太郎氏と同じように長い年月を掛けて旅をするのは中々難しいですが、皆さんもこの本を読んで深夜特急に飛び乗り、脳裏の中だけででも日常からのほんのひと時の“脱走”を楽しんでください!