小説『関ヶ原』のあらすじ&感想 【天下分け目の物語!】

壬申の乱。壇ノ浦の合戦。桶狭間。
数多ある日本の合戦のなかでも、その壮大さに置いて正しく「天下分け目」と言っても良いのが「関ヶ原の合戦」でしょう。

日本中の全ての大名が参加したと言っても過言では無く、間違いなく日本の歴史のターニングポイントの一つとなった関ヶ原。

その関ヶ原に挑んだ各地の武将達の思惑、そして決戦の様子を巨匠・司馬遼太郎が渾身の力で描いたのが本作『関ヶ原』です。

天下分け目に己の命と御家の命運を賭けた男達の物語。
その物語のあらすじと感想をご紹介します。

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『関ヶ原』のあらすじ

関ケ原(上) (新潮文庫)

『関ヶ原』のあらすじ①:石田三成の大望

近江の人、石田三成。
目から鼻に抜けるような秀才とは、まさしくこの人の事を言うのでしょう。

寺の茶坊主だった頃に豊臣秀吉に拾われ、算術や補給の腕をもって秀吉の覇業を助け、やがて天下人となった秀吉政権に置いて五奉行の一人として秀吉の行政を大いに助けます。

この三成、これほどの才人でありながら潔癖とも言っていいほど正義感が強く、態度も横柄な為人望がありません。

同じく秀吉の小姓から槍一本で成り上がった武辺者の加藤清正や福島正則らからは「へいくわい者(横柄な奴)」と言われ、忌み嫌われます。
戦場働きをしている清正や正則からすれば、行政担当官である三成を秀吉が可愛がっている事も気に入りません。

異常とも言っていい三成の正義感ですが、これを逆に好意的に捉え、三成の為なら命も差し出す覚悟の男もおりました。

「三成に過ぎたる者」と謳われた島左近。合戦と謀略の天才と言われた男で、戦国真っ只中を生き抜いてきた古豪です。
三成はこの男を召抱える為に、自分の知行(給料)の半分を差し出す事を提案します。
知行の半分を差し出すという思い切った提案。左近はこの提案のなかに、三成の大望を感じ、仕える事を約束します。

三成の大望。それは、

「太閤殿下(秀吉)がお亡くなりになれば、その天下を簒奪せんとする者が必ず出る。我らはそれを阻止せねばならぬ」

という事であり、既にこの時点で三成と左近の頭には「簒奪せんとする者」まで具体的に想定が出来ていました。

その者こそ、徳川家康。関八州二百五十万余石を治める、天下に隠れなき大大名です。

『関ヶ原』のあらすじ②:石田三成の大望乱の予感

一代の英雄・秀吉も老いと病には勝てません。
既に齢六十を越え、日に日に衰弱していきます。

秀吉には心残りがありました。
後継者の秀頼がまだ幼いことです。

自分が死ねば、秀頼は滅ぼされるのではないか。
そう秀吉は考え、恥も外聞もなく秀頼の事を諸大名に頼み込みます。

秀吉政権における最高権力者はこの当時五大老と呼ばれました。

徳川家康。前田利家。毛利輝元。上杉景勝。宇喜田秀家。
秀吉はこれら五大老に繰り返し「秀頼を裏切らない」という誓紙(誓いを立てる証文の事)を差し出させます。

「返々(かえすがえす)、秀より事、たのみ申候。五人のしゅ(衆、五大老の事)、たのみ申候。」「なごりをしく候」

そう書き残して、一代の英雄・秀吉はこの世を去ります。

三成は心の中で秀吉に誓います。

(上様。この三成ある限り、ゆめゆめ家康に大権を盗まれるようなことは致しませぬ)と。

一方、家康。

この日も家康はいつものように秀吉の病気見舞いをすべく、登城の途中でした。
何の変化も無いいつもの日常を過ごす予定だった家康のもとに、驚愕の知らせが舞い込みます。

「太閤、死去」
「登城はせぬ」
と家康。今この時、家康はようやく秀吉への隷属者である立場から解放されます。
(この朝から時代が変わるわ)と、これまでの忠実な律儀者の仮面を脱ぎ捨て、簒奪者として生まれ変わった瞬間です。

と同時に、この朝から日本が真っ二つに割れたと言っても過言ではないでしょう。
各地の大名の思惑が猫の目のように変わり、くるくると旋回しながら関ヶ原という遥かな戦場へと続く道が開かれた瞬間です。

『関ヶ原』はここがおすすめ!

  1. 智謀機略が行き交う情報戦!
  2. 血戦!関ヶ原!

『関ヶ原』おすすめ①:智謀機略が行き交う情報戦!

秀吉死去の直後から、家康は一気に簒奪者へと生まれ変わります。
天下をその手にする為、各地の有力大名を味方につけようとする家康。

三成も負けてはいません。
自分の兵力だけではとても家康には対抗出来ないと悟っており、こちらも各地の大名を味方につけるべく動き出します。

誰が敵で誰が味方なのか。誰が忠義者で誰が裏切るのか。
誰が義に厚く誰が利に聡いのか。

虚虚実実の駆け引きが始まります。

凄いのは、これが四百年前に行われたという事実です。
新聞もテレビも無い時代に情報を集めるのもさることながら、限られた情報から知恵を振り絞ってその裏にある思惑を想像し、そこに自らの「賭け」を上乗せして進退を決めていく戦国武将の凄まじさです。

凄まじき戦国武将のなかでも特に凄いのが肥前の老虎・鍋島直茂。ほんの一端の情報からたちまちのうちに思惑を見抜く神の如き洞察力。戦慄を覚えるほどです。

『関ヶ原』おすすめ②:血戦!関ヶ原!

戦国武将達の賭けと思惑を乗せ、両軍の軍勢は美濃(岐阜県)に終結します。
そしてここから岐阜城、杭瀬川、と戦いの火蓋が切られ、最終決戦の地、関ヶ原へと続きます。

関ヶ原に布陣した両軍を濃い霧が包みます。家康方三成方、双方合わせてその数およそ二十万。日本の戦史のなかで一つの戦場にこれだけの将兵が集ったことは、後にも先にもありません。

関ヶ原は東西南北を分ける主要街道が行き交う交差点であり、大規模な合戦が行われるにふさわしい場所でした。
古代の一大合戦である壬申の乱も実は関ヶ原で合戦が行われています。

やがて、両軍将兵が息を詰めるなか、静かにゆっくりと霧が晴れていきます。

ここから先は息もつかせぬ展開が続きます。
時間を置くことなく、一気に読み進める事をお勧めします。

おわりに:『関ヶ原』の感想

昔から天下分け目と言われた関ヶ原合戦。
旧日本軍参謀本部が記した「布陣図」なども有名であり、ドラマや映画にもなっているのでご存知の方も多いと思われます。

数多く映像化されていますが、そのどの作品よりも私はこの小説『関ヶ原』が好きです。
特に最後の決戦の場面の描写は、映像化されたどの作品よりもリアルに迫ってくる迫力があります。

近年、色々と研究が進み関ヶ原合戦の実情というニュースや番組も多々放送されています。
この作品が完結したのは1966年ですから、既に54年も前の事になります。
50年も経てば、新発見が続々と出てくるのは当たり前の事でしょう。

ですが、仮に新説が正しいものだとしても、小説『関ヶ原』の魅力を損なうということにはならないでしょう。

史実はどうであれ、エンターテイメントとして人々が語り継ぐ「関ヶ原」とは、まさしくこの小説『関ヶ原』のとおりなのですから。

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