『伊豆の踊子』のあらすじ&感想【ピュア&切なさ100%!】

これぞ究極の青春小説!

川端康成が19歳の時に実際に体験した、伊豆旅行での旅情を元に書かれた、言わずと知れた名作です。

今までに6回も映画化され、ヒロイン役に吉永小百合さん、山口百恵さん、テレビドラマでは後藤真希さんと名だたる女優が名を連ねています。

「純文学ってなんだか難しそうで、抵抗あるなあ・・・・・。」
と思う方もいるかもしれません。

そんな方でも心配いりません。
伊豆、修善寺、下田に大島と、私達が旅行に行くような地名が度々出てくるので、主人公と一緒に旅をしているかのような錯覚に陥ることでしょう。

時代は大正。
紙屋(紙類を卸して廻る行商人)や一高(現在の東京大学教養学部と、千葉大学医学部・薬学部の前身となった旧制高校)、袴や制帽、五目並べなど、その時代ならではの背景を味わいながら、タイムスリップしてみませんか。

とても純粋で開けっ広げな清々しい旅芸人一座と、可愛らしくあどけない伊豆の踊子に出会えます。
この記事ではそんな『伊豆の踊子』のあらすじと感想をネタバレなしお届けします!

ブログ運営者より:
この記事の本文は読書家ライター・冬木みさをさんに書いて頂きました!

『伊豆の踊子』のあらすじ

伊豆の踊子 (新潮文庫)

『伊豆の踊子』のあらすじ① :旅芸人一座との出会い

一高に通う20歳の「私」は、天城峠に向かう途中、旅芸人の一座に出会います。

旅芸人一座は家族で商売をしており、下田まで一緒に旅をする事になります。

「私」は、その旅芸人一座の踊子(薫)に心惹かれ、淡い恋心を抱きつつ、自分の半生と向かい合う旅路をすることになるのです。

天城峠の茶屋の老婆は、旅芸人一座を見下していますが、「私」は一座率いる兄、栄吉の話に真摯に耳を傾け、その苦労を聞かされます。

栄吉の妻、千代子は19歳で既に流産と早産を経験しており、下田の地で赤子の四十九日をむかえること。
幼い妹、薫を踊子として旅芸人させなければならない事情。
もう一人の妹、百合子や栄吉の義母を連れ、山越えをしなければならないこと。

「私」は、彼らと共に旅をし、お互いに心を開かせていきます。それは、「私」自身もまた、孤児根性で歪んだ精神を持ち、その歪んだ精神を反省させる為に旅に出ているからです。

『伊豆の踊子』のあらすじ②: 踊子の無邪気な姿と、別れ

ある夜、湯ヶ野の宿で、踊子が客の男に汚されるのではないかと心配しますが、翌朝、踊子は川向こうの湯殿から無邪気に大きく手を振ってくれ、その幼い姿と裸身は「私」の気持ちを晴れやかにさせ、「まだ子供なんだ」と思わせてくれます。

「私」は、旅芸人一座が度々世間から疎まれている事を目にします。

例えば紙屋と碁を打っている時、紙屋が「私」に、「あんなもの、つまらない」と一蹴したり、村の入口に「物乞い旅芸人村に入るべからず」という立札があったり。

しかし「私」は、そういった事は気にせず、人となりを見て旅芸人と共に行動するのです。

そして下田に着き、東京に戻らなければいけない日が近づきます。
それは、旅芸人一座と踊子との別れをも意味するものでした。

『伊豆の踊子』はここがおすすめ!

『伊豆の踊子』おすすめ① :大正時代の古き良き風情を味わえる!

一高に、制帽、学生カバンに、高下駄、五十銭銀貨。

今はもうほとんど聞かないような単語が小説の始めから沢山出てきます。その単語達が、一気に大正時代に私達をタイムスリップさせてくれるでしょう。
大正レトロが好きな方にはたまらない作品です。

それに加え、湯ヶ野や下田といった温泉街で、更に情緒豊かな世界観へと惹き込まれていきます。
作品に出てくるセリフも、「お休みくださいまし」や、「ございましてね」といった上品な言葉遣いで、より心がくすぐられるでしょう。

『伊豆の踊子』おすすめ②: 純真無垢な踊子に心洗われる!

この作品のヒロインは、14歳の踊子ですが、現代の14歳とはまた一味違った女の子です。

とにかくとても純粋で、素直で、愛らしく、見た目は髪が艶やかで大人っぽいのに、話す内容だったり話し方だったりがあどけないので、そのギャップが大変魅力的なのです。

この作品の中でとても有名なシーンがありますが、それは、ある朝、湯殿の奥から裸身の踊子が、「私」に無邪気に手を振ってくるシーン。
現代では考えられませんが、その時代、この作品に出てくる踊子だからこそ、違和感なくすんなり受け止めることが出来ます。

おわりに:『伊豆の踊子』の感想

現代小説のように、喧嘩して別れたりとか、他の女性が現れたりだとか、妊娠させてしまったなどというジェットコースターのような展開があるわけではありません。

この作品は、川の流れるように時間が流れ、共に旅をし、彼らの苦労や世間の評価を目の当たりにしつつも、「私」自身は誠実に、対人として彼らと接するのです。

それは、踊子達の

「いい人ね。」
「それはそう、いい人らしい。」
「ほんとにいい人ね。いい人はいいね。」

川端康成『伊豆の踊子』(ワイド版岩波文庫)より

という「私」に対する噂話からも分かるように、「私」はとてもいい人として描かれています。

余談ですが、この部分は私の大学時代に授業でも取り上げられたほど、この作品の核となる部分です。
この会話が、踊子達の純真さ、「私」がいかにいい人なのか、対比して世間の厳しい目を表していること、そして最後の美しい別れと相まって、より一層悲しみを引き立たせる会話になっているのです。
この作品の総合的な意味を持つ重要なシーンです。

エンディングでは、その気骨さや真面目さ、まっすぐな気持ちを持つ「私」と、とても純粋で慕ってくれる踊子との間柄の、すっきりとした、一点の曇りもない二人だけの空気感が漂います。
まるで初恋を思い出させてくれるような優美で切ない、しかしすっきりとしたエンディングです。

この作品は川端康成の実体験でもある為、若き日の彼の姿を知ることもできます。
初めての恋をしている人や、昔の初恋を思い出したい方へ、ぜひ!

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