これは二週間に渡って行われた、ピアノコンクールのお話です。
映画化もなされたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
主要な登場人物は四人。ピアノを通して若者達が戦います。
人生をかけて参加する者、あふれた才能で将来を嘱望された者、挫折からの復帰をかけた者…。
参加者それぞれに人生があり、生まれも環境も違う者達が、自分の感性をむき出しにしてピアノと向き合います。
コンクールとあって、全員のピアノ技術が際立っているのは大前提。
その中で優劣・順位がつけられます。何をもって勝利とするのか、何をもって優れているとするのか。
芸術を評価するというのは、ある意味自分の人間性、内面をむき出しされるのだと思います。
国際ピアノコンクールとなると、馴染みのある方とない方、かなりはっきりと分かれると思いますが、
ご縁のなかった方は小説を通してこの世界を、もうご存知の方は一つのエンターテイメントとして、私達読者は、彼らと一緒にこのコンクールの二週間を共に体験出来ると思います。
作中度々出てくる”音楽の神様”に愛されるのは誰か。
最後まで是非、見届けてみて下さい。
ブログ運営者より:
この記事の本文は読書家ライター・めいさんに書いて頂きました!
小説『蜜蜂と遠雷』のあらすじ
- 芳ヶ江へ仕掛けられた爆弾
- 芳ヶ江ピアノコンクールの始まり
小説『蜜蜂と遠雷』のあらすじ①:芳ヶ江へ仕掛けられた爆弾
三年に一度開催される芳ヶ江ピアノコンクール。近年このコンクールの評価は目覚しいものがありました。
ここで優勝した者は、その後更に大きなコンクールで優勝するというパターンが続いたからです。
スターへの登竜門的な目で見られていました。
その芳ヶ江へ向けて、世界五ヶ所の大都市でオーディションが行われます。
その一つ、パリ会場から物語は始まります。
パリ会場の審査員を任されていた、三枝子、シモン、スミノフの三人は音楽業界では「不良」で通っており、なかなかの曲者とされていました。
三人はパリ会場のオーディションで、めっぽう退屈していました。
技術はあるものの惹かれるものがない、スター性や面白みを感じない。
琴線に触れる演奏を聴くことがないまま、ただ時間だけが過ぎていました。残りは五人。
正直やっと苦痛とも言える時間から解放されると、半ば諦めのような気持ちになっていた時、一人の少年が現れます。
当日、遅刻をしてしまった彼は、順番を最後に回されていました。
最後の最後に現れた少年、その演奏を聴いた時、三人の「不良審査員」はまさに度肝を抜かれるのでした。
少年の名は”風間 塵”。
その演奏は、感動と感嘆…と言うよりも、ある意味恐怖さえ覚える程の破壊力を秘め、まさに風塵のごとく現れ、会場に衝撃と混乱だけを残し少年は去って行くのでした…。
実はこの少年、亡くなった伝説のピアニスト”ユウジ・フォン=ホフマン”が仕掛けた”爆弾”なんです。
僕は爆弾をセットしておいたよ。
恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎文庫)より
皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする。
(中略)
彼を本物の『ギフト』とするか、それとも『災厄』にしてしまうのかは、皆さん、いや、我々にかかっている。恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎文庫)より
かの伝説のピアニストの推薦状でコンクールに参加する少年・風間 塵はいったい何者なのか?
そしてどのような”爆弾”となるのか…?
ぜひご自分の目で確かめてみて下さい!
小説『蜜蜂と遠雷』のあらすじ②:芳ヶ江ピアノコンクールの始まり
初めに書いたように、物語の主軸となるピアニストは四人。
その一人”栄伝 亜夜”はかつて「天才少女」と謳われ、世間を騒がすほどのピアノの実力者でしたが、ある日を境に表舞台を去り、「消えた天才少女」と言われるようになっていました。
ただピアノが弾けるだけで十分な満足感を得ていた亜夜は、コンクールには意欲的になれないものの、周囲の薦めで渋々参加を決めたのでした。
次に”高島 明石”。
二十八歳の明石は妻と子供のいる家庭持ちの、サラリーマンピアニストでした。
裕福ではないごく一般的な家庭で育ち、ピアノへの実力と情熱は目を瞠るものがあったものの、やや特殊ともいえる「音楽業界」に違和感を覚え、「生活者の音楽」の誇りをもってコンクールへ臨もうとしていました。
そして”マサル・カルロス・レヴィ・アナトール”。
実力、容姿共に抜きん出るものがあるマサルは、舞台者に不可欠な華をすでに持っていました。
かつて親の仕事の都合で日本に住んでいた時、日系三世の母とフランス人の父を持つマサルはかっこうのいじめの対象となった過去がありました。
その時出会い、マサルを救ったのがピアノと、そのピアノ教室にいつも誘ってくれていた「アーチャン」でした。
そして仕掛けられた爆弾”風間 塵”。
この四人がいよいよ芳ヶ江へ集まり、本選へ向けて、そしてその先の頂点を目指して戦う二週間が始まるのです。
小説『蜜蜂と遠雷』はここが面白い!!
- 二週間だけの物語
- 音楽と共に
小説『蜜蜂と遠雷』はここが面白い①:二週間だけの物語
色々な観点からの面白さがあると思うのですが、私が感じたのは、一つのコンクールの始まりから終わりまでのみを描いてくれていることでした。
オーディションから始まり、最後の本選、そして結果に至るまで。以上です。
その中で、バックボーンや環境等、全てが違う若者達が共に成長しつつ競い合います。
この二週間、四人はライバルであり、戦友です。
個性は違うものの、皆、とても良い人間です。天才とはこういう生き物なのか、と思わずにはいられませんでした。
なので、読んでいてとても気持ち良いのです。
互いが互いをリスペクトし、相手ではなく、ただひたすら自分自身と向き合う時間を過ごします。
そんな濃密な時間を共有した若者達は、人生の中のたった二週間で著しい進化と成長を見せてくれて、私達に素晴らしい演奏を表現してくれるのです。
小説『蜜蜂と遠雷』はここが面白い②:音楽と共に
ここが面白い!!と言うか、こう読んでました!!のご紹介になるかもですが…
この作品には、もちろんたくさんのクラシックピアノ曲が登場してきます。メジャーなものからあまり耳にしない曲まで、たくさん出てきます。
そんな曲を楽しみながら読むのも面白いのです。私は傍らにスマートフォンを置いて、家ならそのまま、出先で読む時はイヤホンをして、塵や亜夜が弾いてる場面でその曲を流しながら読んでいました。
まさにコンクールを彼らと共に楽しんでいました。
作中の彼、彼女らの演奏は読者からしたらもちろん想像です。しかし、実際曲を聴きながら読むことで、もっとリアルに演奏中の心情が分かる気がしました。
恩田陸先生の見事な描写で、共に音楽を楽しむことが出来ました。
おわりに:小説『蜜蜂と遠雷』の感想
『蜜蜂と遠雷』は、ピアノコンクールが舞台ですが、そこには友情、愛情、師弟間の信頼等々、様々な人の感情が入り混じった作品だと思います。
音楽には、そういった人の感情が不可欠なのだと言わんばかりに、コンクール中の二週間で描かれています。
よく愛憎入り混じりの…という表現を耳にしますが、この作品には愛しかありませんでした。
評価するのも人、演奏するのも人。その音楽を作ったのも人。
人の感性とは、ここまで表現することが出来るのかと、到底私には無理ですが羨ましくもなりました。
作中、一つのキーワードがあります。
”音楽を外に連れ出す”。
その意味は。
こんなにも世界は音楽に満ちている。
恩田陸 『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎文庫)より
読後、何とも言えない爽快感と優しい気持ちになれる、そんな作品でした。
▼ピアノ全集も合わせてどうぞ。