ハードボイルド小説の大家、北方謙三が手掛け人気を博した通称「北方太平記」シリーズの一作、『破軍の星』は南朝方の若き天才・北畠顕家の一生を描きます。
「太平記」で知られる南北朝時代。足利尊氏や楠木正成といった著名な武将は居るものの、どうもイマイチとっつきにくい時代という印象がある事は確かですね。
この『破軍の星』を読めば、どうしてどうして、とっつきにくいどころかむしろ興味が沸く時代である事がすぐ判るかと思います。公家。侍。山の民。それぞれの勢力がそれぞれの夢を実現させる為、全力で生きた時代です。
「不世出の麒麟児」と謡われた若き天才・北畠顕家。情熱と共に一生を駆け抜けた、顕家の痛ましくもさわやかな物語。そのあらすじと感想をネタバレなしでご紹介致します。
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北方謙三『破軍の星』のあらすじ
北方謙三『破軍の星』のあらすじ①:新陸奥守、誕生
鎌倉幕府が倒れ、のちに「建武の新政」と呼ばれる天皇自らが政治を執り行う「親政」が開始された時代。
後醍醐天皇は騒乱が続く陸奥(現在の東北地方)を収める為に、若干16歳の若き公家・北畠顕家を陸奥守(むつのかみ、陸奥地方の長官)に任命します。
任地陸奥の多賀(現在の宮城県多賀城市)国府を目指して下向する新陸奥守の軍勢につかず離れず監視する一団が居ました。
山の民と呼ばれ、平地の氏族とは交わらずに生きてきた安家(あっか)一族です。
一団を率いるのは安家太郎、次郎、三郎の兄弟。安家一族の総帥である安家利通の子供です。
(16歳の公家に何が出来るのか)
そう思った安家太郎は弟・次郎に指示して小競り合いを仕掛けます。
安家次郎の挑発を新陸奥守の軍勢は見事にあしらいます。
(見事な軍勢だ)
と、舌を巻く安家太郎。
叔父の安家正通、次いで父であり総帥でもある安家利通に報告するため、急ぎ安家一族の砦に戻ります。
新陸奥守が安家一族の宿願を託すに足る人物なのか。太郎の心は震えてました。
北方謙三『破軍の星』のあらすじ②:遥かなる都へ
鎌倉幕府が倒され、行き場を失った北条武士団は陸奥に生きる場所を求めて流れ込んでいました。
北条の残党で溢れ帰り、ますます混乱する陸奥の土地。
まずは足場を固めないとどうにもならないとばかりに、新陸奥守・北畠顕家とその軍勢は北条残党の掃討に繰り出します。
16歳とは思えぬ見事な指揮で次々と北条残党を打ち破る顕家。
安家一族も味方につけ、陸奥は少しずつ平穏を取り戻していきます。がしかし、静謐に見えたのは上辺だけの事でした。
後醍醐天皇自らが政治を執り行う「親政」。これに不満を持つ全国の武士達の数は想像以上に多かったのです。
天皇親政を打ち破り、再び世の中を公家から武士の手に取り戻す。そう考えている武将が居ました。足利尊氏です。
鎌倉幕府が倒れた今、武家の棟梁となり得る人物は家柄的に二人だけです。
一人は足利尊氏。
もう一人は後醍醐天皇側についている新田義貞ですが、これは人望がありません。全国の武士団は棟梁たる尊氏の下に参集し、今一度武士の世を、と願っている者が少なくありません。
尊氏は立ちました。
まず自分の重臣であり信頼する武将・斯波家長を陸奥に派遣し、顕家への備えとすると、根拠地関東から都を目指し、進軍を開始、醍醐天皇側についた新田義貞と激突します。
新田義貞の軍勢を打ち破った尊氏は京に向けて進軍を続けます。
その尊氏軍のあとを追うべく、顕家は陸奥を発します。
陸奥から遥か京の都まで。
鬼神のような速度で顕家の軍は駆け抜けます。
その先頭には白地に丸、風林火山の旗印。互いの夢を賭けた尊氏と顕家の激突が今始まります。
北方謙三『破軍の星』はここがおすすめ!
「不世出の麒麟児」の名に恥じない、北畠顕家のスーパーヒーローぶりにご注目いただきたいです。
わずか16歳で陸奥守に任ぜられたという若き公家・北畠顕家。
史実によれば、満12歳で朝廷の最高機関の一つである参議に任ぜられ、公卿に上り詰めています。
12歳といえば今でいうと小学6年生。いくら昔の方が老成が早かったと言っても、俄かには信じられません。
が、この「信じられない」軌跡を北畠顕家は実際にやってのけたのです。
『破軍の星』は小説ですので、多少誇張した部分はあるとは思いますが、顕家の残した軌跡はほぼ史実どおりと言って良いでしょう。
顕家が後醍醐天皇に対して苦言を呈した「北畠顕家上奏文」の一部が現代に残されていますが、文章の悲壮美や鋭敏な議論から「南北朝時代を代表する政治思想文」と呼ばれています。
顕家はまた、史上初めて風林火山の旗印を使ったとも言われています。
風林火山と言うと武田信玄が有名ですが、信玄以前に既に使われていたんですね。
顕家とその軍勢は陸奥から京までわずか1ヶ月弱で到着しています。それも途中で戦いながら、です。尋常じゃない速度です。
これらの信じられない事跡を数々残した若き天才・北畠顕家。その一生の物語が面白くないはずがありません。
おわりに:北方謙三『破軍の星』の感想
北方謙三というと、どうしても我々の世代は「試みの地平線」という言葉が浮かんでしまいます。
これは確かホットドッグプレスという雑誌だったと思いますが、その中で北方氏が担当していた人生相談を一つにまとめた本です。
「女にもてません」とか「彼女に振られました」とか、しょうもない相談に対して北方氏が「ソープに行け」とこれもまたしょうもない回答をする人生相談、という印象でした。
その印象があってか、長いこと北方氏の作品を読む気にはなれませんでした。
偶然この本に出会って、その印象は一変しました。
「こんなしっかりと調べ上げて書く人だったのか」
「こんなに心の機微をうまく表現出来る作家さんだったのか」
と、失礼ながら思いました。これが「ソープに行け」とのたまう人と同一人物とは信じられないくらいでした。
北方太平記には『破軍の星』の他にも『悪党の裔(すえ)』など名作が多く、これまであまりスポットの当たってこなかった南北朝時代の魅力的な人物の一生を堪能する事が出来ます。
まずはこの『破軍の星』を読んで若き天才・北畠顕家にハマり、未知なる南北朝時代にどっぷりハマってみては如何でしょう?