プラネット・カーモス『Ⅰ.ヒトとエルフの歳の差千年なれど』

2.美貌のエルフが交わした契約

おれが誰かを主観でしか見られないように、
誰かもまた、おれを主観で見ている。


「もう少し離れるわよ」

 抗争とやらが始まった地区から少し離れたところでグリフィスさんが一度だけ振り返って言った。
 金の髪が陽光を返して輝き、次いでこちらへ向けられた蒼色の瞳がいっそう映えるようだった。

 言うやこちらの意見も聞かずまたスタスタと歩き出してしまう。

 まあおれに意見などあるはずもないから構わないけど。

 グリフィスさんの後ろ姿をぼんやりと眺める。
 刻々と雰囲気の変わっていく街並みも物珍しいが、何より今はこの女性の方が気がかりだった。

 彼女は俺の守り役だという。

 身長は170センチ半ばくらいだろうか。
 こちらの世界の基準は分からないが、おれの感覚では女性としては高い方だと思う。

 歩き姿には気品が窺えた。
 服装は動きやすさ重視で飾り気は薄い。

 だが小綺麗で品性に溢れ、何より当人が精彩を放っているものだから飾らない服装が、返って美しさを助長しているようだった。

 そしてエルフ特有のものだろうか、瞳の蒼より深い青色のマントを羽織っていた。
 歩みを進める度にマントがひらひらと揺れる。

 やがて、それが止まる。

「ここまで来れば大丈夫でしょう」

 そう言ってグリフィスさんはおれと向き合った。

 混沌とした街並みの中にある、開けた広場だった。

 床は金属なのか陶器なのかよく分からない材質のタイルが色彩も鮮やかに敷き詰められていて、中央には意匠を凝らした時計台らしきもの(意味不明な文字がびっしりで針も5本くらいある)がそびえていた。

 まばらにいる人々はみんなそれぞれくつろいでいる様子だ。
 ベンチに腰掛けている人もいれば、床に腰を下ろして談笑している人たちもいた。

 言葉にするとのどかだが、実際は異形の種族たちばかりなのだから、まだ見慣れていないおれにとっては奇妙な景色だ。

「で、あんたはいつまで付いてくるの?」

 グリフィスさんが不快そうに目を細めて言った。

 おれに対しての発言ではない。
 その視線はおれの頭の上を通り越して背後の人物に向けられている。

 振り返ると、鬼のお兄さんがおれたちの後に付いてきていた。

「おやおや。随分とひどい言いようですね、グリフィス嬢。私は彼を貴女に引き継ぐところまでが任務なのですよ」
「どの口がそれを言うのかしら? その子を見捨てようとしていたじゃないの」

 グリフィスさんが、びしりとおれを指さして言う。

 こちらの文化では人を指さすのは失礼に当たらないのだろうか。
 そうかもしれないし、単にグリフィスさんが苛立っていることの現れなのかもしれない。

 はたまた、先ほど感じたグリフィスさんの気品はまやかしで、本当は失礼を憂慮しない性格な可能性もある。

 いずれにせよどうでもいい。

 苛立ちの矛先を向けられたお兄さんはまったく動じた様子もない。

「誤解でございます。随分と物騒で剣呑な貴女の魔力が近づいているのを感じましたので、ここはお譲りした方が彼との今後のためにも良いと判断したまでです」
「いちいち気に障る物言いをするのね、相変わらず……
「申し訳ございません。そういう性分でして」

 いかにも不機嫌そうなグリフィスさんと、飄々としたお兄さんが睨みあう。

 間に挟まれているおれはどうしたものだろうか。

 まあおれの頭上でばちばち火花が散っているだけで、とくに不便はないのでこのまま静観することにしよう。

 それにたとえ不便があったとしても俺はいっこうに構わないし。

「話すだけ無駄ね。もう用は済んだでしょう? さっさとその子を置いて帰りなさい」
「言われずとも、私も暇ではありませんので。——最後に一つだけ、取引きの内容をご確認してもよろしいでしょうか?」
「確認もなにも魔証文で縛られている以上、行き違いはないでしょう」
「“かの者の力なら契約を曲げられるやもしれん。横着せず手順と礼節を尽くせ”、と主より仰せつかっていますので」
……買いかぶられたものね。あの化け物、規格外のくせに思慮と慈悲に深くていやになる」

 グリフィスさんが苦々しい表情を浮かべる。

 そんな顔でも触れがたい美しさは損なわれないのだから相当なものだ。

 対するお兄さんはというと、殺気立つように目を細めていた。

 素人のおれでも肌に感じられる殺気は、自然と溢れているというより、お兄さんが意図して放っているように感じられる。

「いくら貴女でも、主様を揶揄する発言は看過しかねます」
「勘違いしないで。私は褒めただけ。なにせその主様とはいずれ戦ってみたいと思っているの。言っておくけど、私にとってこれほどの褒め言葉はないのよ?」

 グリフィスさんは朗らかに言っているが、内容は物騒すぎる。

 おれの思っているエルフとはちょっと性質が違うようだった。

 お兄さんはしばらく黙り込んでグリフィスさんを睨んでいたが、やがて小さく溜息を吐いた。

……契約内容を確認いたします。一、貴女様は1ヶ月間、木崎ハルの命を守る。二、その間、彼の衣食住を保証し、またその後の生活に支障を来さぬよう教育する。三、それら二点を満たした暁として、我が主は貴女様に第9秘境領域に立ち入る権利を与える」

 先刻おれにそうしたように、青年がつらつらと契約内容を暗唱した。

 どうやらグリフィスさんもオレと同じようにあの人と契約を交わしているようだった。

「確かに確認したわ。そちらこそ約束を忘れないでよね」
「もちろんにございます。我が主が契約を違えたことはありませんゆえ」

 そのまましばらく黙り込んでしまった二人。

 暗黙の中で何か駆け引きが行われているのかと思ったが、結局何も起こらず、

「それでは木崎ハル様。私は今度こそ失礼致します。——どうかこの地で上手く過ごしてくださいね。主様も貴方様には期待しているのです」

 お兄さんが背後でそう言って、おれが振り返ったときにはすでに姿をくらましてしまっていた。
 もとからここには存在しなかったと思われるほどの自然さだった。

 しかし、”期待している”か。

 鬼のお兄さん、最後の物言いだけ妙に柔らかな感じがしたが、あれが素なのだろうか?

 グリフィスさんと言い合っているときも何だか活き活きしていたようだし、よく分からない人だった。

 さて。何はともあれ進展があった。現状を整理しよう。

 異境の地で、どうやらおれの世話を焼いてくれるらしいエルフの女性と只今二人きり。

 それだけだ。それだけだけど、どうしような。

「あの——
「お腹が減ったわね」

 何はともあれコミュニケーションからだと思い、意を決するわけでもなく話しかけたのだが出鼻をくじかれてしまった。

 というかこの人、今わざと被せなかっただろうか?
 だとしたら傍若無人か、あるいは気遣いか。

 後者ならかなり不器用な気の遣い方だった。

「行くよ、ハルくん。美味しい朝ご飯をご馳走してあげる」

 すでに歩き出しているグリフィスさんが向かう先は、広場の一角にある建物で、外観から察するにカフェのようだった。

 おれは少し駆け足になってグリフィスさんの凜とした後ろ姿を追った。

つづく

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