プラネット・カーモス『Ⅰ.ヒトとエルフの歳の差千年なれど』

1.人工惑星「カーモス」

約束があったはずだ
生きる約束と、死にゆく約束が。


 一瞬の暗転。身体が浮いた感覚と一緒に上も下もわからなくなった。

 かと思うと、ふいに地に足が着いた。

 光が差し、異国の大地を踏みしめた匂いがした。
 次いで道行く人々の喧騒に包まれる。
 気付くと、見たこともない街が目の前に広がっていた。

 おれは柄にもなく息を呑んでしまった。

 最も近しいボキャブラリーを用いるなら“中世ヨーロッパの街並み”が近いかもしれない。
 しかしそれはあくまで“近い”でしかない。

 物語の中でよく見かけるレンガ造りの建物もあれば、そのすぐ隣にたいそうな木造建築がそびえている。

 かと思えば、遠くに工場地帯のようなものも見えて、そこだけずいぶんとSFチックな雰囲気だ。

 何よりそんな街並みを歩く人々が異様だった。

「なんだこれ……」

 おれのすぐ隣を、頭部に獣の耳が生えた少年と少女が通り過ぎていった。
 少年の方がこちらを振り返って無遠慮におれを眺めた。
 ばちりと目が合ってしまい、少年の目に鋭い光が差した。

 「やんのか?」とでも言いたげな表情だったが、それに気付いた少女が彼を小突いて叱りつけたようだ。

 しぶしぶと前を向いて歩き出す少年。その尻尾が不機嫌そうに揺れていた。

 少女の方は、詫びるように困った笑みをおれに向け、軽くお辞儀して行ってしまう。

 そんな二人の横を通り過ぎてこちらに向かってくるやせ細った長身の男は怪しげな仮面をかぶり、血を凝固したような三つ叉の槍を肩に担いでいる。

 牛をそのまま人型にしたような生き物。

 紋様の刻まれた真っ赤なローブを着込んだ人。

 とんがった帽子をかぶって杖を手にした、ひと目で魔女と分かる少女たちの集団。

 とにかく普通の人がいない。
 どこを見ても人類にはない特徴を持った人たちばかりだった。

「到着致しました。ここが本日より貴方様が暮らす地、カーモスでございます」

 隣からの声に、おれはそちらを見た。

 鬼のお兄さんと目が合った。
 そういえばこの人に連れてきてもらったんだとようやく思い出す。

「ここは異次元かどこかなんですか?」
「いえ、ここは貴方様が暮らしていた星と同じ次元ですよ? ここにいる者たちの多くは同次元の異星人たちです。とはいえ、異次元だろうと同次元だろうと大差はございません。なにせ、貴方様の星の“科学”とやらで、この星へ辿り着くのは向こう数百年不可能だと、我が主が申しておりました」
「なるほど。でもその言い方だと、異次元も存在するんですね」
「おや、そちらの方が気になりますか。ふふ、やはり貴方様は故郷に未練がないようだ」

 何がそんなに楽しいのか、青年の声は弾んでいる。
 こん、こん、と鎖の巻かれた刀の柄頭をリズムよく叩いているのが妙に耳に付いた。

 と、足に何かがぶつかった。同時にぎゃっといううめき声が聞こえた。

 反射的に顔を下げると、おれの太ももくらいしか身長のない生物がしりもちをついているところだった。
 深い茶色の毛に覆われていて、身長と同じくらいに長い尻尾が特徴的だった。

 いや尻尾以上に特徴的なのはその服装かもしれない。

 なんと、高級そうな布地のコートを纏い、センスの良いキャスケット帽を目深に被っている。

「すまねぇ、坊や。急いでたもんで、前が見えちゃいなかった」
「はぁ。こちらこそ往来で立ち尽くしていましたから。申し訳ありませんでした」

 動物(おれにはそう見える)が服を着て、しかも話している。

 そして、毛で覆われたその顔に満面の笑みが浮かんだ。

「おぉ! お若いのに出来た坊ちゃんだ。かたじけねぇ。——っと、こんなことをしている暇はねぇんだった! この先でまた抗争が始まってやがる! 見たところ坊ちゃんも力なき種だろう? はやく逃げなよ」

 妙に訛った言葉でまくし立てるように言い終えるや、その生き物は一目散に駆けていってしまう。
 見事な二足歩行だった。

「抗争、って何ですか?」

 おれはお兄さんに訊ねる。

「そのままの意味ですよ。カーモスでは争い事が茶飯事ですからね。大概は個人間の小さないざこざで済みますが、ときには組織だった抗争もありますし、例え個人同士の喧嘩であっても、それが力ある者たちの場合、甚大な被害を及ぼします。まあ、貴方様の場合はどんな小さな争い事にも関わらないことをおすすめしますよ」
「それはもちろん。おれは喧嘩が弱いんです。自分から首をつっこむような真似はごめんです。せいぜい巻き込まれないように注意——」

 言うや否や、おれの声をかき消して、耳をつんざくような爆音が響いた。

 見ると人垣の向こう側で爆煙が上がり、次いでその上空に巨大な光の円環が現れた。
 金色の円の中には幾何学な模様や、見たことのない文字式が書き込まれているようで、一言で表すと……。

「あれは魔方陣ですか?」
「おそらくルフ族の魔導環ですね。攻撃範囲に長けた魔法を得意とする種です。ここも危ないかもしれません。お逃げになりますか?」

 そうこうしている間に街ゆく人々の反応はすでに二分化していた。
 面白そうに見物する者たちと、足早に退散していく者たちだ。

「そうですね。逃げた方がいいかもしれませんね」

 ぱっと見た感じ、強そうな種族が残って見物し、弱そうな種族が逃げている様子だ。
 おれがどちら側に倣うべきなのかは悩むまでもない。

「鬼のお兄さん。あなたはどうするんですか?」
「私ですか? 私は特に何も。自分の身は自分で守れますので、どうかお気遣いなく」

 お前を守ってやる義理はないと暗に言われているのかもしれない。

 それは仕方ないだろう。

 彼の任はおれをここへ送り届けることだろうから、これ以上を望む程におれと彼の間柄は近しくない。

「わかりました。それでは、おれはこれで失礼します。お世話になりました」
「いえいえ。ご健闘を祈っていますよ」

 しかし、恭しく挨拶を交わしたところで一際大きな光が起きて、おれとお兄さんはそろって先ほど爆発があった方角をみやった。

 見ると新たな魔方陣(魔導環だったっけ?)が現れ、それが弾けた。
 弾けた勢いそのままといった様子で、無数の光が鳥の形を模して四方に羽ばたいた。
 凄まじい勢いの鳥たちは周囲の建物に飛び込むや爆発を起こして街を破壊している。

 見物していた人たちにももちろん襲いかかるが、彼らは手にした武器で弾き落としたり、自ら光の円環を生み出して防御したりしている。

「おや。こちらにも来ますよ」

 青年が言うように、光の鳥が一羽こちらに向かってきていた。

「着弾したら辺り一帯焼かれますのでお気を付けて」

「いや、おれの足ではもう逃げられませんよね?」

 近づいてくる光源に目を細めながら呟くと、お兄さんはおどけたように小首を傾げてみせた。

 うん。死んだかな、おれ。享年14歳か。大往生ってやつだ。
 感慨に浸るべく目を閉じようか少しだけ迷って、結局そのまま迫り来る死を見つめることにした。

 鳥が発する鋭利な鳴き声は光が走る音なのか、はたまたこの鳥は本当に生きているのか。魔法とは不思議なものだと思った。

 いよいよ俺の胸もと数センチまで鋭利なクチバシが迫ったところで、突如強い力で誰かに抱き寄せられた。 

 温かく柔らかな感触と、花のように甘い香りがした。

「呆れた。いきなり死にそうになってるじゃないの」

 涼やかな声が上から降ってきた。

 声の主に肩を抱かれたままで、俺は見上げた。

 澄み渡る空を映したような、蒼の瞳と目があった。

「キミに死なれると私が困るんだけどな」

 吸い込まれそうな瞳と、肩まで伸ばした美しい金の髪。
 髪から覗く耳はピンと気高く尖っている。

 あまりの美貌に思わず見惚れてしまったが、あの鳥はどうなったのだろうと、ふと思い出した。

 見ると、おれの肩を抱いたままの女性がもう片方の手で光の鳥の首根っこを掴んでいた。
 鳥はじたばたと暴れているが、彼女はうっとうしそうに綺麗な形の眉を寄せるだけだ。

「まったく。街中でこんな魔法を使うなんて信じられない。私だってもう少し気を使うわよ……たぶん」

 そんなことを言ながら彼女が掌を握ると、光の鳥は断末魔を上げながら粒子となって飛散してしまう。

「ふん。ルフの子にはあとでお灸を据えなきゃね。——さて、と」

 おれの肩を抱いていた手が放される。
 一歩だけ大きく後退した女性が、まじまじと俺の顔を見た。

 ずいぶん俺より身長が高いから、自然と見下ろされる形になる。

「キミがハルくんね。私はフィローラル・エスティーシャ・グリフィス。キミの守り役を引き受けたエルフ族よ。よろしくね」

 そう言って、先ほどまでの不機嫌さはどこかへ行ってしまったように、無邪気に微笑まれてしまったのだった。

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